感覚か、データか。

科学

最近、こういった商品をよく見かけます。

「着るだけで疲労回復」

「特殊素材で血行促進」

「リカバリーウェア」

総じて、着用による疲労回復をうたったコピーでありますが、これをみるたび私は「そんなアホな」と思います。

だって血行がちょっと良くなったからといって疲労がとれるわけないですよね。なのに、こぞって「疲労回復」と断言。それって問題ないんでしようか。

「効いている気がする」という錯覚

人は、“効く”と聞けば、効いているように感じます。

  • 価格が高いから効果があるはず
  • 有名人が使っているから信頼できる
  • 専門用語が並んでいるから正しそう

しかし、それらはすべて主観的な印象です。

「血行促進」と「疲労回復」は同じではない

多くの商品は、「血行を促進する」という説明をしています。

この説明自体を否定するつもりはありません。

問題はその先にあります。

血行促進 = 疲労回復

このように受け取ってしまうことです。

血流の変化と、疲労の回復は同義ではありません。

ここには明確な論理の飛躍があります。

科学っぽさは、簡単に作れる

  • 遠赤外線
  • ナノテクノロジー
  • 特殊繊維
  • エビデンス

これらの言葉は、それ自体に問題があるわけではありません。

しかし、それらを並べることで、「なんとなく正しそう」に見せることは容易です。

それは科学ではなく、科学的に見える演出である場合もあります。

本当に見るべきものは何か

重要なのは一つです。

再現性のあるデータがあるかどうか

  • どの程度の効果があるのか
  • どのような条件で再現されるのか
  • 比較対象は何か

これらが明確でなければ、それは印象の域を出ません。

問題は商品ではなく、認識のズレ

ここで誤解してほしくない点があります。

すべてが無意味だと言っているわけではありません。

一定の作用を持つ製品も存在するでしょう。

しかし問題は、限定的な作用が、過剰な効果として認識されること、そして、その認識を疑わないことにあります。

なぜ人は根拠の薄いものを信じるのか

理由は単純です。

考えるよりも、信じる方が楽だからです。

不安や悩みを抱えたとき、人は明確な答えを求めます。

そのとき提示される「分かりやすい解決策」は、たとえ根拠が薄くても、受け入れられやすくなります。

現代は、

  • 科学
  • 科学的に見えるもの
  • 単なる印象

が混在しています。

その中で重要なのは、何を根拠に判断するかです。

強い言い方をすれば、データのない主張は、信じる理由がないということです。

もし、確かな結果を求めるのであれば、感覚ではなく、データで考えるべきです。

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